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モノカキブログ

日記兼更新記録。  最新更新分までのネタバレがあることはありますが、隠してありますので、どうぞご安心を。

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  • 10/24/05:31

ショート:愛しい色

サイトに載せるまでもないような短編をちろっと書いたので、ちょこっと日記でアップしていこうかな、なんて。
「きらら」の洋子と智恵子、今回は智恵子視点。
洋子は相変わらず恋愛下手。




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「「ただいま」
 ドアが開いて、あたしはちょっと驚いて振り返った。
「洋子、早かったね、今日は」
 最近洋子は帰るのがそれはもう遅かった。駅前にあるバーに通い始めて一ヶ月半。毎日毎日例外なく、日付が変わってから帰ってくる。それが今日はまだ十時半。
「決着つけた」
「……あら」
 パンプスを脱いで洋子は、ソファの、あたしの隣に座った。
 しばらく、つけっぱなしのテレビを、ふたりで無言で眺めていた。隣で洋子が、一ヶ月の間お風呂の時も外さなかったネックレスを外している。
「……私、がんばってしまったかも」
 洋子がぽつりと言った。
「うん」
「無駄だったかな、一ヶ月」
「無駄じゃないでしょ」
「……短かった」
「そんなことない、長かったよ、きっと随分と」
「……うん」
 絵の具臭いこの部屋に、きれいなセーターとスカートを着た洋子の姿が不似合いだった。こないだまでは、自分と同じような格好をして、まったくこの部屋似合いの住人だったくせに。
「何もなかったことになるだけ、戻るだけ、何もなかった頃に戻るだけ」
 洋子が、外したネックレスをテーブルに置いて言った。
「戻れる? なにもなかったように?」
「……ううん。多分戻れることなんてないんだよね。変容してる。化学反応みたいに。一度起きたことは、それを切り捨てても、元に戻らないね」
「戻らないよ。……わかっててやったんでしょ?」
 それはもう、端から見ていてもスピードと情熱が命の恋だった。バランスなんてかなぐり捨てて走っていた。
「うん、あのやり方で、うまくいくことはないんだって。本当ははじめからわかってたのよ。でも止められなかったから」
「不器用だね」
「だけど損だとは思わないわ。多分、……いい思いはしたの」
「うん」
「その頂点のいい思いのために、全部つぎ込んだから、簡単に燃え尽きるだろうって、わかってたわ」
 あたしは洋子のその恋の内容を知らない。詳しくは聞かなかった。けれど見ていればそこにどれだけのものを賭けているのかはわかった。
「……ゆっくりやれば、もっと長く続けられるだろうとは思わなかったの?」
「思った、頭では思った、でもできなかった」
「じゃあ仕方がなかったね」
「そう。仕方がないの。それはね、はじめの時から思ってた、止まらないって思ったときから。長く続かない、きっと一瞬で燃えて消えていくしかないんだろうって」
 わかっていても、止められなかったのかと。仕方がないなとあたしは改めて思う。洋子はとてもたいせつな友達だけど、それでもやっぱり人ごとだからだ。自分がその渦中にいないから。
 ゆっくりと進めていけば、その恋も、こんなふうに、ジェットコースターのようではなく、トロッコ列車のようにゆっくりと、長く楽しめただろうに。
「智恵子」
「なに?」
「……よしよしして」
「はい。よしよし」
「お帰りって言って」
「お帰り、洋子」
「ただいま」
 珍しい甘え方だ。いや、はじめてか。洋子がこんなことを言うのは。よしよししてなどというキャラかとあたしは思ったけれど、きっとあたしだから言えるんだろう。
 肩を抱いて望み通りよしよしと、ちいさい子をあやすようにぽんぽんと叩いてあげた。
「泣いたらいいのに」
「……今までにもういっぱい泣いた、だからいい」
「そっか」
 洋子はしばらくの間、何も言わずによしよしされてあたしにもたれ掛かっていたけれど、やがてぽつりと口を開いた。
「……多分、遠回りして店の前まで行って、中をのぞいちゃうと思う。しばらく」
「うん」
「いろいろ捨ててきたけど。あのお店あそこにあるから。きっと何度も見に行くだろうと思う」
「うん、いいんだよ」
「……そのうち、回数が減ればいいな」
「そうだね」
「でもきっと行かなくなる。そんな遠くない未来に」
「……そっか。今日は? 見てきたの?」
「うん、しかも、何度も。行ったり来たりして。夜は、店の中の方が明るいから、店の中から外は見えないから、だから何度も」
 そして捨ててきたものを眺めながら、行ったり来たりしていたのか。せつないな、とあたしは思った。
 捨てきれずにいるんだろう、まだ。
 もう追わない、その思い出は捨てたんだって、頭ではそう思いきっても、心はまだ、あの店に、そしてあの店にいる人たちの上にあるんだろう。
「明日も見に行くの?」
「わからない。……もう行かない、って。言えればいいのにね」
 洋子が苦笑した。
「ああ、お店に行かない、この時間なにして潰せばいいのかわからない」
「何言ってるの、やることあるでしょ」
 あたしはカンバスを指さした。一ヶ月と少し前から、半分塗りかけで放置されている、洋子のカンバス。
「……そう、そうだった」
 何がおかしいのか洋子が笑う。
「今回は結構長く放置したね、洋子さん」
「ほんの一ヶ月よ」
「一ヶ月描かなかったことないでしょう」
「……んー、まあね」
 けれど思えば、あの兄貴とつきあっていた夏もろくに描いていなさそうだった。いつもこんなふうにひとつのものしか目に入らない、そんな恋を続けるのか。それとも、やがて大人になれば彼女ももっと器用になれるものなのか。
 こと洋子に関する限り、それは無理な気もする。
「ま、芸の肥やしになればそれでよし」
「なったわ、多分」
「そう、どんなふうに」
「……きっと、愛しいのが描けるわ」
 そう言って洋子が手に取った絵の具は、きれいな青と白だった。
 愛しいの、と言った割にさみしい色。そう思ったけれど言わない、きっとそのさみしさが、今の洋子の愛しさなのだと思ったから。



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