NEW ENTRY
[PR]
エネルギー切れ
いろいろありまして現在また実家に舞い戻り、息子の幼稚園の冬休み期間の八割方を実家で過ごすことに。一割夫実家、一割自宅でなんか生活が落ち着きません。
けれど実家は楽です、昼からPC開けていても誰かが息子とあそんでくれる(笑)
第三章八割方書けたんですが、ちょっと疲れてきました。
ずーっと書いてたから息切れ気味かな。
寝ても覚めても書きたいもので書くわけですが、確かに楽しくてたまらないんですが、疲れも出てきた気がする。
初めての長編だし、こんなに長い間、根を詰めて一本の小説書いたことがないからかな。
なんていろいろ思っております。
今書いているあたりが仕上がったら少し休憩しようかな……。
体がつかれたらドリンク剤を飲んだりするじゃないですか。こういう疲れには何が効くんでしょうね。
まだ書いていたいのにエネルギー切れ、ちょっとくやしい。
何をすれば自分にエネルギーが吹き込めるのかちょっと考えてみたい。
そういえば今日は母がのだめを見ていて、わたしもそばで何となく見てみたんですが、案外玉木宏が色っぽいなーと思いました。
あと最近気づいたんですが、わたし男性のスーツとか礼服とかがツボみたいです。同じ人でも礼服やスーツ姿だとどきどきします。
男の色気っていいなあ。
そういうものを書きたいと思った。
キャラクターの醸し出す色気というのは、わたしにとっては重要事項です。
あまりわかりやすく色っぽいひとは、私の書いたものには出てこないですが……。
けれど実家は楽です、昼からPC開けていても誰かが息子とあそんでくれる(笑)
第三章八割方書けたんですが、ちょっと疲れてきました。
ずーっと書いてたから息切れ気味かな。
寝ても覚めても書きたいもので書くわけですが、確かに楽しくてたまらないんですが、疲れも出てきた気がする。
初めての長編だし、こんなに長い間、根を詰めて一本の小説書いたことがないからかな。
なんていろいろ思っております。
今書いているあたりが仕上がったら少し休憩しようかな……。
体がつかれたらドリンク剤を飲んだりするじゃないですか。こういう疲れには何が効くんでしょうね。
まだ書いていたいのにエネルギー切れ、ちょっとくやしい。
何をすれば自分にエネルギーが吹き込めるのかちょっと考えてみたい。
そういえば今日は母がのだめを見ていて、わたしもそばで何となく見てみたんですが、案外玉木宏が色っぽいなーと思いました。
あと最近気づいたんですが、わたし男性のスーツとか礼服とかがツボみたいです。同じ人でも礼服やスーツ姿だとどきどきします。
男の色気っていいなあ。
そういうものを書きたいと思った。
キャラクターの醸し出す色気というのは、わたしにとっては重要事項です。
あまりわかりやすく色っぽいひとは、私の書いたものには出てこないですが……。
PR
やりなおし!
うーん。
今書いてる三章の後半部分、もしかしたら全書き直ししないとダメな気がしてきた。
なにかが緩い。鋭くない。
さっき、わたしがもう何年も愛読している、村松恒平さんのメルマガを読んでいたんだけど、それに、今わたしが知りたいことの答えを見つけるための手がかりが書いてあった。
「テーマとは何を書くか何を書かないかの基準である」
と。前にもその一文は読んだことがあって、頭のどこかに入れてはいたんだけど、自分の書いた文章を読んで、どうにもならない螺子の弛んだような緩さを感じていて、それがどうしていいのかわからずにいた、そんな今ちょうど目に入ってきたっていうことには意味があると思った。
わたしは偶然というものの存在を信じていないのです。偶然と言われているもののすべてが必然だと思っています。
今回第三章の後半部分を書くに当たって、なかなか筆がつるつるとすべらずに、なんかどうしていいのかわからなくなって、漫然とその場面にあったことすべてを書いてしまったのだけど、文章を書くということは実は切っていく作業でもあるわけです。
頭の中にある世界を全部書き出せばいいというものではなく、このブログを見るとわかると思うのですが、わたしは無駄に長い文章を書く傾向にあるので、何しろ削っていく作業が重要なのです。
それをしていなかったことに気がついた。それゆえに文章が弛む。
へたくそであればあるだけ、目が正確でなければないだけ、文章は無駄に長くなります。
そしてそんなふうに長くなった文章など、誰も読みたくないのです。
今書いているのは第三章の清書だと思っていたけど、突然下書きに落ちた(笑)
でも人目に晒す前に気付けてよかった。
そんなわけで今日のご紹介はオンラインノベルではありませんが
[プロ編集者による] 文章上達<秘伝>スクール
これは読んで絶対に損がない!とわたしが思っているものです。もちろんすべての人にとってそうであるとは限らないわけですが。
文章の上達だけではなく、書かれていることは人生すべてに関わる哲学です。
或いは、ある類の人にとっては人生が変わるようなものなのかも知れません。わたしにとってはそういうものではなかったのでわからないのですが、でもそんな気がする。
今書いてる三章の後半部分、もしかしたら全書き直ししないとダメな気がしてきた。
なにかが緩い。鋭くない。
さっき、わたしがもう何年も愛読している、村松恒平さんのメルマガを読んでいたんだけど、それに、今わたしが知りたいことの答えを見つけるための手がかりが書いてあった。
「テーマとは何を書くか何を書かないかの基準である」
と。前にもその一文は読んだことがあって、頭のどこかに入れてはいたんだけど、自分の書いた文章を読んで、どうにもならない螺子の弛んだような緩さを感じていて、それがどうしていいのかわからずにいた、そんな今ちょうど目に入ってきたっていうことには意味があると思った。
わたしは偶然というものの存在を信じていないのです。偶然と言われているもののすべてが必然だと思っています。
今回第三章の後半部分を書くに当たって、なかなか筆がつるつるとすべらずに、なんかどうしていいのかわからなくなって、漫然とその場面にあったことすべてを書いてしまったのだけど、文章を書くということは実は切っていく作業でもあるわけです。
頭の中にある世界を全部書き出せばいいというものではなく、このブログを見るとわかると思うのですが、わたしは無駄に長い文章を書く傾向にあるので、何しろ削っていく作業が重要なのです。
それをしていなかったことに気がついた。それゆえに文章が弛む。
へたくそであればあるだけ、目が正確でなければないだけ、文章は無駄に長くなります。
そしてそんなふうに長くなった文章など、誰も読みたくないのです。
今書いているのは第三章の清書だと思っていたけど、突然下書きに落ちた(笑)
でも人目に晒す前に気付けてよかった。
そんなわけで今日のご紹介はオンラインノベルではありませんが
[プロ編集者による] 文章上達<秘伝>スクール
これは読んで絶対に損がない!とわたしが思っているものです。もちろんすべての人にとってそうであるとは限らないわけですが。
文章の上達だけではなく、書かれていることは人生すべてに関わる哲学です。
或いは、ある類の人にとっては人生が変わるようなものなのかも知れません。わたしにとってはそういうものではなかったのでわからないのですが、でもそんな気がする。
あけましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。
年末から連載をはじめた七都ですが、たくさんの方に読んで頂けてほんとうにうれしいです。
これからもがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
というわけで、年始更新は繭さんが描いてくれたお正月七都絵です。
トップが華やか~になりました。
聖羅と七都です。着物です。日本のお正月です。
この絵をスカイプで受け渡ししてるときに、繭さんが言ってたんですが、「はねつき七都を描くって考え付いたときからずっと離れない情景があって、それは七都の顔に墨を塗る聖羅なんだけど、すんごい優しく七都の顔に触れてるわけ、すんごい優しい手つきなわけ、それがもう頭から離れない」って。
それを聞いてなんか萌え萌えしてた新年のわたしでした。
ああ、七都と聖羅ってそんなだよな~って。
繭さんいつもありがとう。絵だけでなく萌えもくれて(笑)
書きかけの三章は、どうにかもう書くのがめんどくさいところを年明け前に通り過ぎて、今はうきうき書いてます。
明日かあさってには、2-4更新できると思います。ただまたあさってから実家に行くことになったのですが、実家からだと、IPがひっかかって、メインで登録してるサーチが何故か更新できないのよね……。
でも多分二、三日中には更新いたします。
そんな新年のご挨拶でした。
今年も、まず何より書いてる私が七都の世界を楽しみたいと思います。
そんな自己満足な小説でごめんなさいまし。
年末から連載をはじめた七都ですが、たくさんの方に読んで頂けてほんとうにうれしいです。
これからもがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
というわけで、年始更新は繭さんが描いてくれたお正月七都絵です。
トップが華やか~になりました。
聖羅と七都です。着物です。日本のお正月です。
この絵をスカイプで受け渡ししてるときに、繭さんが言ってたんですが、「はねつき七都を描くって考え付いたときからずっと離れない情景があって、それは七都の顔に墨を塗る聖羅なんだけど、すんごい優しく七都の顔に触れてるわけ、すんごい優しい手つきなわけ、それがもう頭から離れない」って。
それを聞いてなんか萌え萌えしてた新年のわたしでした。
ああ、七都と聖羅ってそんなだよな~って。
繭さんいつもありがとう。絵だけでなく萌えもくれて(笑)
書きかけの三章は、どうにかもう書くのがめんどくさいところを年明け前に通り過ぎて、今はうきうき書いてます。
明日かあさってには、2-4更新できると思います。ただまたあさってから実家に行くことになったのですが、実家からだと、IPがひっかかって、メインで登録してるサーチが何故か更新できないのよね……。
でも多分二、三日中には更新いたします。
そんな新年のご挨拶でした。
今年も、まず何より書いてる私が七都の世界を楽しみたいと思います。
そんな自己満足な小説でごめんなさいまし。
書ききれないという悔しさ
先日発覚したのですが、感想のメールが、フィッシング詐欺メールに間違われ、迷惑メールフィルタでごみ箱に振り落とされてしまっていたことがありました。
もしメールくださった方で、返事がないよ!ということがありましたら、コメント窓から教えて頂けたらうれしいです。
いただいた感想には必ずお返事することにしておりますので!
今日は大晦日ですね。
今年は、連載をはじめたばかりの「七都」におつきあいくださってありがとうございます。
まだ短いおつきあいではありますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年企画として、繭さんが今お正月用七都絵を描いてくれてます。
どんなのができるのかわくわく。
さて。するする文章が書けるときがあります。
逆に、ストーリーは決まってるのに、なかなか筆が進まないときがあります。
先日書いたイタコ書きなんて、そのするするの最たるものです。
今までの経験だと、どちらかというとするする文章で書いたものの方が評判がよいようです。わからないでもないですが。
二次創作とオリジナルと合わせて、わたしは今まで、多分百本程度の小説を人目に晒してきたんじゃないかと思うのですが、そのうちの八~九割は短編でした。うち三割くらいはほんとうに短い、掌編ともいえるかどうかというもの。
「七都」のように長いものを書いたことは、過去にまだないのです。
短編だったら、するする進まないものなど書くのをやめて、もっとつるんと書けるものを書けばいいわけですが、これが長編だとそうも行きません。
するする行く場面と、行かない場面とがあります。
わたしは頭の中に浮かんだ場面を、自分が使いきれる言葉で文章にする、そういう書き方をしています。だから先にヴィジョンがあるわけです。
でも、頭の中に見えている映像が、わたしの筆力不足で描ききれないことがあります。そういうときに筆が止まるのです。
いつもそう。悔しい。難しいです。
こういうときに、もっと文章がうまくなりたいと願う。
もっと無駄なく、刃のように鋭く、いちばん美しい文章で、わたしの見ている世界が描き出せたらいいのになと思う。
わたしは今はプロの小説書きをめざしたりはしていませんが、それでも自分が書きたいものを書くために、プロフェッショナルな仕事をしている方の文章に匹敵するくらいの筆力が欲しいと思うのです。
先日、大変にためになる批評をいただいて思ったのですが、やっぱり自分の目では、自分の文章がどんなものかを測りきることは出来ないものだなと。
というか、わたしは今までただただ書きたいものをばーっと書き散らしてきただけで、何しろ建設的に自分の文章を掴めていないのだということを実感。
そして何をどうしたら、自分の文章が洗練されて、わたしの中にある世界を描き出す道具としてさらに優れたものになるのか、そのための道筋、階段を探せずにいる。
けれどその答えは、そこで立ち止まって見つかるものでは決してありえないので、書き続けるしかないわけですが。
何にしても、感想、批評というものはほんとうにほんとうにありがたいものだと、七都を書いてからとみにそう思います。
意外と、短編を書き散らしていた頃は、そういう意識がなかったのです。
感想をいただいても、わーいもらっちゃった、うれしいなー、くらいで。
七都を書き始めてから、読んでくださった方の良質のフィードバックが、作品に影響していくものなのだと初めて知りました。
特にキャラに萌えて下さったりすると顕著に(笑)
七都を書くまで、こんなに、感想をいただいたときにうれしいと思ったことはなかった。そして読みに来て下さった方の数を見て、これほどありがたいと感じたことも。
「七都」を読んで下さっているみなさま、ほんとうにありがとうございます。
しかし何にしても、上達したい、うまくなりたい、と願うものがあるというのはしあわせなことなのだなあと思います。
しかもそれを見て下さる方がいる。
わたしにとって小説を書くということは、人生の甘露です。神様ありがとう。
拍手レス>
30日4時の方:予告の場面に行くまでにはあともう少しかかるのですが、読んで頂けたらうれしいです。わくわくを裏切らないといいのですが!どうもありがとうございました。
今日のオンラインノベル
それなんてギャルゲ?
短編です。珍しくコメディ。読みながらげらげら笑いました。
ギャルゲーキングに選ばれた高校生、その賞品は「ギャルゲーの主人公体質」になれるというものだったのだけど、手違いでその賞品は姉のものに。一歩家を出たところから、山のようなギャルゲーのヒロイン達に襲われる姉。
最後のオチがご都合主義でちょっと物足りなくはあったのですが、それでもかなりおもしろかった。
失恋クエストも今読んでいるんだけど、これも相当おもしろい……。うう。おかしい。
もしメールくださった方で、返事がないよ!ということがありましたら、コメント窓から教えて頂けたらうれしいです。
いただいた感想には必ずお返事することにしておりますので!
今日は大晦日ですね。
今年は、連載をはじめたばかりの「七都」におつきあいくださってありがとうございます。
まだ短いおつきあいではありますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年企画として、繭さんが今お正月用七都絵を描いてくれてます。
どんなのができるのかわくわく。
さて。するする文章が書けるときがあります。
逆に、ストーリーは決まってるのに、なかなか筆が進まないときがあります。
先日書いたイタコ書きなんて、そのするするの最たるものです。
今までの経験だと、どちらかというとするする文章で書いたものの方が評判がよいようです。わからないでもないですが。
二次創作とオリジナルと合わせて、わたしは今まで、多分百本程度の小説を人目に晒してきたんじゃないかと思うのですが、そのうちの八~九割は短編でした。うち三割くらいはほんとうに短い、掌編ともいえるかどうかというもの。
「七都」のように長いものを書いたことは、過去にまだないのです。
短編だったら、するする進まないものなど書くのをやめて、もっとつるんと書けるものを書けばいいわけですが、これが長編だとそうも行きません。
するする行く場面と、行かない場面とがあります。
わたしは頭の中に浮かんだ場面を、自分が使いきれる言葉で文章にする、そういう書き方をしています。だから先にヴィジョンがあるわけです。
でも、頭の中に見えている映像が、わたしの筆力不足で描ききれないことがあります。そういうときに筆が止まるのです。
いつもそう。悔しい。難しいです。
こういうときに、もっと文章がうまくなりたいと願う。
もっと無駄なく、刃のように鋭く、いちばん美しい文章で、わたしの見ている世界が描き出せたらいいのになと思う。
わたしは今はプロの小説書きをめざしたりはしていませんが、それでも自分が書きたいものを書くために、プロフェッショナルな仕事をしている方の文章に匹敵するくらいの筆力が欲しいと思うのです。
先日、大変にためになる批評をいただいて思ったのですが、やっぱり自分の目では、自分の文章がどんなものかを測りきることは出来ないものだなと。
というか、わたしは今までただただ書きたいものをばーっと書き散らしてきただけで、何しろ建設的に自分の文章を掴めていないのだということを実感。
そして何をどうしたら、自分の文章が洗練されて、わたしの中にある世界を描き出す道具としてさらに優れたものになるのか、そのための道筋、階段を探せずにいる。
けれどその答えは、そこで立ち止まって見つかるものでは決してありえないので、書き続けるしかないわけですが。
何にしても、感想、批評というものはほんとうにほんとうにありがたいものだと、七都を書いてからとみにそう思います。
意外と、短編を書き散らしていた頃は、そういう意識がなかったのです。
感想をいただいても、わーいもらっちゃった、うれしいなー、くらいで。
七都を書き始めてから、読んでくださった方の良質のフィードバックが、作品に影響していくものなのだと初めて知りました。
特にキャラに萌えて下さったりすると顕著に(笑)
七都を書くまで、こんなに、感想をいただいたときにうれしいと思ったことはなかった。そして読みに来て下さった方の数を見て、これほどありがたいと感じたことも。
「七都」を読んで下さっているみなさま、ほんとうにありがとうございます。
しかし何にしても、上達したい、うまくなりたい、と願うものがあるというのはしあわせなことなのだなあと思います。
しかもそれを見て下さる方がいる。
わたしにとって小説を書くということは、人生の甘露です。神様ありがとう。
拍手レス>
30日4時の方:予告の場面に行くまでにはあともう少しかかるのですが、読んで頂けたらうれしいです。わくわくを裏切らないといいのですが!どうもありがとうございました。
今日のオンラインノベル
それなんてギャルゲ?
短編です。珍しくコメディ。読みながらげらげら笑いました。
ギャルゲーキングに選ばれた高校生、その賞品は「ギャルゲーの主人公体質」になれるというものだったのだけど、手違いでその賞品は姉のものに。一歩家を出たところから、山のようなギャルゲーのヒロイン達に襲われる姉。
最後のオチがご都合主義でちょっと物足りなくはあったのですが、それでもかなりおもしろかった。
失恋クエストも今読んでいるんだけど、これも相当おもしろい……。うう。おかしい。
不思議なこと
2-3更新しました。
次回更新分で、具体的に聖羅と七都が歩いてる場所が出てますが、山梨~神奈川の県境、この辺はわたしが今年秋にキャンプをしまくった辺りです。
ちなみに第一都は多摩川から北で、要するに現実で言うところの東京都内です。そして第七都は多摩川から南で、この話の舞台になる三街は、神奈川県の北東部に当たる場所ですが、この話を具体的に書き始めた7~8年前、この辺りは当時住んでいた場所から微妙に遠く、地図で見たことくらいしかない、殆ど行ったこともない場所だったのですが、結婚して数年の後、ほんとうに不思議なんですが、偶然にも、わたしがこの話の舞台に設定した辺りに引っ越してくることになってしまいました。で、今住んでます。
多摩川を挟んで向こう岸が、ちょうど田園調布とか二子玉川とか等々力とかの超高級住宅街なのですが、橋を一本渡るだけで本気で別世界が広がっており、遊びに来た繭さんが、第一都が現実にあった!と大ウケしてました。
ちなみにわたしが住んでいるこっち側はわりと今でも子だくさんぽい、大きな商店街の広がる住みやすい庶民の街です。
わたし、書き始めた頃は、地図でしか知らないこの辺の、そんな事情もまったく知らなかったですから、今となってはびっくりです。
さてさて今三章を書き続けているところです。
三章はとにかく聖羅が主役なので、割と嬉々として書き始めたんですが、これがまた自分で考えたものながら大変疲れる話でわたしは今疲れてます(笑)
今まで書いたことないいやーな人とその行動を書いているので、これが難しい。わたしも大概やな人ですがそれとはまた違う。自分の中にないものってわたしには書きにくくて。
こんな○○の一族みたいなどろどろした話、ほんとうに自分が考えたものなのかとプロットを見て考え込んでしまうわけですが、小説って、書いているといつのまにか、自分が考えたんじゃないような気がしたものを書いていることがある。書かされてるっていうか。書いたあと読み返すと、書いた覚えがないような、どこからか降ってきたとしか思えないような文章が目の前に存在していたり。
私はこの現象をイタコ書きと呼んでおりますが。
時に小説というのは降霊実験に似ているなと思うことがあったりするわけです。
でも小説を書く作業って、他の人はどうだか知らないけれど、わたしは、別世界の箱庭をのぞき込んで、そこにいる人達の描写を一生懸命している感じ。
ここじゃないどこか別の世界で、小説の中のキャラクターは生きて動いていて、それをわたしはただ写生しているだけ。
だからどっかいっちゃった危ない人か、自分の世界に酔っている人っぽい発言になりますが、その世界に行って、おじゃましまーすと入っていって、キャラクターをつかまえて、ちょっと遊んでよと。わたしあなたのこと知りたいから話でもしない?と誘うと、いろいろ話してくれます。
なかなか小説を書けなかった時期に、わたしあなたたちを書けないかも知れない、誰かの目に触れられるところに出せないかも知れない、ごめんね、と言ったら、七都には「えー」と言われ、聖羅には、期待して損したわ、期待はずれ。がっかり。というすごい冷たい目で見られました。
今は「七都」を書いている真っ最中なので、話が進行していてそこにしか入っていけないもので、そうやってキャラクターとの対話をするような隙がなくわたしは蚊帳の外で、彼女たちに話しかけられもしないのですが、七都を書くことができて、人の目に触れるところに出すことができて、しかもこんなに、思ったよりもずーっとたくさんの人に読んでもらうことができていて、少しは喜んでくれてるかしら。
なんて思うわけです。
なんか書いていて恥ずかしくなってきました。自分の世界に酔ってどこか遠い世界へいっちゃったちょっと寒いわたしの戯言でございます。
妄想の中にどっぷり浸かってしまっているだけです。
そんな姿をさらしてしまって恥ずかしいなあ。
でもそうやって書いている人、案外いるんじゃないかと思ったりするのですが。
拍手お返事:
29日17時の方>楽しみにして頂けると言っていただけて、とてもうれしかったです。励みになりました、ありがとうございます。更新がんばりますので、どうかこれからも見てください。
今日のオンラインノベル:
無音のアリオーソ
まだわたしも読み始めたばかりですが、文章のテンポがいい。おもしろい。軽いようでいて案外そうでもなさそうだ。不良優等生の先が楽しみ、早く読みたい。と思いつつ時間が取れてない……。
次回更新分で、具体的に聖羅と七都が歩いてる場所が出てますが、山梨~神奈川の県境、この辺はわたしが今年秋にキャンプをしまくった辺りです。
ちなみに第一都は多摩川から北で、要するに現実で言うところの東京都内です。そして第七都は多摩川から南で、この話の舞台になる三街は、神奈川県の北東部に当たる場所ですが、この話を具体的に書き始めた7~8年前、この辺りは当時住んでいた場所から微妙に遠く、地図で見たことくらいしかない、殆ど行ったこともない場所だったのですが、結婚して数年の後、ほんとうに不思議なんですが、偶然にも、わたしがこの話の舞台に設定した辺りに引っ越してくることになってしまいました。で、今住んでます。
多摩川を挟んで向こう岸が、ちょうど田園調布とか二子玉川とか等々力とかの超高級住宅街なのですが、橋を一本渡るだけで本気で別世界が広がっており、遊びに来た繭さんが、第一都が現実にあった!と大ウケしてました。
ちなみにわたしが住んでいるこっち側はわりと今でも子だくさんぽい、大きな商店街の広がる住みやすい庶民の街です。
わたし、書き始めた頃は、地図でしか知らないこの辺の、そんな事情もまったく知らなかったですから、今となってはびっくりです。
さてさて今三章を書き続けているところです。
三章はとにかく聖羅が主役なので、割と嬉々として書き始めたんですが、これがまた自分で考えたものながら大変疲れる話でわたしは今疲れてます(笑)
今まで書いたことないいやーな人とその行動を書いているので、これが難しい。わたしも大概やな人ですがそれとはまた違う。自分の中にないものってわたしには書きにくくて。
こんな○○の一族みたいなどろどろした話、ほんとうに自分が考えたものなのかとプロットを見て考え込んでしまうわけですが、小説って、書いているといつのまにか、自分が考えたんじゃないような気がしたものを書いていることがある。書かされてるっていうか。書いたあと読み返すと、書いた覚えがないような、どこからか降ってきたとしか思えないような文章が目の前に存在していたり。
私はこの現象をイタコ書きと呼んでおりますが。
時に小説というのは降霊実験に似ているなと思うことがあったりするわけです。
でも小説を書く作業って、他の人はどうだか知らないけれど、わたしは、別世界の箱庭をのぞき込んで、そこにいる人達の描写を一生懸命している感じ。
ここじゃないどこか別の世界で、小説の中のキャラクターは生きて動いていて、それをわたしはただ写生しているだけ。
だからどっかいっちゃった危ない人か、自分の世界に酔っている人っぽい発言になりますが、その世界に行って、おじゃましまーすと入っていって、キャラクターをつかまえて、ちょっと遊んでよと。わたしあなたのこと知りたいから話でもしない?と誘うと、いろいろ話してくれます。
なかなか小説を書けなかった時期に、わたしあなたたちを書けないかも知れない、誰かの目に触れられるところに出せないかも知れない、ごめんね、と言ったら、七都には「えー」と言われ、聖羅には、期待して損したわ、期待はずれ。がっかり。というすごい冷たい目で見られました。
今は「七都」を書いている真っ最中なので、話が進行していてそこにしか入っていけないもので、そうやってキャラクターとの対話をするような隙がなくわたしは蚊帳の外で、彼女たちに話しかけられもしないのですが、七都を書くことができて、人の目に触れるところに出すことができて、しかもこんなに、思ったよりもずーっとたくさんの人に読んでもらうことができていて、少しは喜んでくれてるかしら。
なんて思うわけです。
なんか書いていて恥ずかしくなってきました。自分の世界に酔ってどこか遠い世界へいっちゃったちょっと寒いわたしの戯言でございます。
妄想の中にどっぷり浸かってしまっているだけです。
そんな姿をさらしてしまって恥ずかしいなあ。
でもそうやって書いている人、案外いるんじゃないかと思ったりするのですが。
拍手お返事:
29日17時の方>楽しみにして頂けると言っていただけて、とてもうれしかったです。励みになりました、ありがとうございます。更新がんばりますので、どうかこれからも見てください。
今日のオンラインノベル:
無音のアリオーソ
まだわたしも読み始めたばかりですが、文章のテンポがいい。おもしろい。軽いようでいて案外そうでもなさそうだ。不良優等生の先が楽しみ、早く読みたい。と思いつつ時間が取れてない……。
