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モノカキブログ

日記兼更新記録。  最新更新分までのネタバレがあることはありますが、隠してありますので、どうぞご安心を。

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  • 10/24/05:22

地理

昨日、夫と結婚記念日祝ってから、ドライブしていて思ったんですけどね。

七都の舞台は割と私の生活範囲内なんです。
それはいいけど、何で私、よりによって出てくる橋を二子橋にしちゃったんだろうって。
七都の舞台は、現代から数百年先だし、地形も変わってるんだけど、でも二子橋から海が近いのってどう考えてもおかしいんだよー(笑)
あれは大師橋にするべきだった、いやでも大師橋付近は確かに七都の時代では海の中なんだよ。
とかいろいろなジレンマを抱えつつドライブしてました。
まあいいや、二子橋の近くまで海岸線がやってきてるんですよ、そうなんですよ!もう。ああ~。せめて丸子橋にしておけばよかった。
って、川崎近辺の地理を知らない方にはきっとどうでもいいことだと思うのですが。

ちなみに、現代に置き換えると多分、二子の砦って玉川高島屋のことだと、心のどこかでなんか私は思っている……。(?)
あそこを落とすと、玉川高島屋が第七都のものになるんだよ。ああ、タカシマヤ略奪したい。

私、小説に書くときに、その舞台が、自分の中にリアルな手応えとして存在していないと書けないんです。自分なりに、設定に整合性がないと書けないの。
それだとやっぱり、舞台はできるだけ見知っているところ、そしてできればよく知っているところだと、ファンタジー設定で景色も時代も何もかも違っていても、よりリアルに想像しやすいんです。
だから惠暁宮は、場所的には皇居になるので本当は江戸城なんですが、見たことがあるお城がモデルになっているので、多分原型は名古屋城なんだと思います。そこから私の頭の中でどんどんできあがってるから別物になってはいるけれど。
そして前もどこかで書いたかもしれないけど、レジスタンスの基地がある、第七都三街は溝の口辺り。七都が生まれ育った場所は、茅ヶ崎辺り。だと思う。で、大通は、多摩沿線道路です。

七都の連載が終わったら、今度は琉の話、尚釉と奥さんのあやと、その親友のうららの話を書きたいなあと常々思っているんですが、沖縄もまたよく知っている土地です。
この話が何となく浮かんだのは、私が沖縄に住んでいた頃なので、もう13年くらい前になるんですが(七都より前から頭の中にあるんだよ)、今も沖縄に行くたびに首里城を探索します。あの城は、本当に日本の城と違いすぎるので大変おもしろい。

そういえば最近シムシティDS2をやっていて、私の作っている街は「りゅうきゅうシティ」で、現在私が動かす「あや市長」ががんばって街作りしてます。
ななと市長のだいななとシティにしようかと一瞬思ったんですが、七都が街作りをしたら破綻しそうなのと、なんで最下層の街を作らなきゃいかんねんって気になってやめました。
でもりゅうきゅうシティなのに、何故か景色は江戸。うーん。ものすごい違和感(笑)
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